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チベット人を救え!

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自分の言いたいことを書きたい!辛口でも甘口でもいいから書きたい!共感できることはしたい!反骨精神を出す時には出したい!皆さんから意見が欲しい時には求めます。そうでない時には求めません。
「風林火山(33)」
「勘助捕らわる」より


武田晴信の密命にて越後へ行き、

鉄砲商人として活動していた勘助ですが、

見事に宇佐美定満に正体を見破られます。

おそらく長尾景虎も見破っていたことでしょう。

知らなかったのは譜代家臣である、直江、本庄、柿崎くらいでしょう。

処刑の日、勘助はあくまでも長尾景虎の誘いに乗らない、

肝が据わっていた態度は見事です。

武田晴信を人生最高の主君として、神仏以上の存在だと信じていたからでしょう。

人間の器量では間違いなく武田晴信の方が上だと確信していたことでしょう。


武田晴信には山本勘助

長尾景虎には宇佐美定満


「甲斐の虎」と「越後の龍」

主君と名軍師、そのやり取りもさすがでしたね。

越後統一へは武力を用いることなく、策略を用いたことにて

無駄な血を流さずに首尾よく同族を傘下に入れたのは、

山本勘助が日頃から言っているように

「戦わずして勝つこと」

このことを宇佐美定満も心得ていたのでしょう。

長尾景虎は最高の軍師、相談役を得たことでしょう。

また長尾景虎も宇佐美定満に「越後統一が不可欠である」ことを

上手く伝えたことも見事でした。

お互いに好敵手となったわけですね (・_・。)(._.。)(・_・。)(._.。) ウンウン


武田の嫡男である太郎が元服しましたね。

親やお守り役であった飯富兵部虎昌も感慨深いものがあったでしょう。

やはり「義信によるクーデター事件」での飯富虎昌の悲劇を知っているだけに、

ただこの先の展開をしていることもあり、

気の毒にしか思えませんでした。

1560年の桶狭間の合戦にて今川義元が戦死してから、

武田の事情が大きく変化していきますので…。



砥石崩れにてまたも村上に大敗した晴信に対して、

大井夫人はその行為を諌めたわけですが、

晴信にとっては信州全土の攻略は悲願であり、

村上は必ず追放できると読んでいた訳です。

真田幸隆を信じ、山本勘助を信じていたからでしょう。

砥石崩れにて面目丸つぶれとなった真田幸隆ですが、

これより起死回生の一発逆転劇を行います。

これは来週の話し(真田の本懐)になりますが、

知略・策略にてあっけなく、砥石城攻略に成功します。

これにて村上義清は丸裸同然、内部から切り崩されたことに。

武田晴信ばかりを目にしていたところを見事に突かれ、

真田幸隆の本当の恐ろしさ、器量の高さを知ることになります。

武田晴信との2度の合戦を退けた村上義清も策略には勝てなかった。

戦国時代を生き抜くためには「合戦にて勝つ」だけではダメということを教えてくれた、武力だけではダメだということを改めて教えられたことでしょう。

「親分肌」だけでは守ることも容易ではない、

この時代は晴信のような「守るために攻める」ということも肝要。

時代の流れを読むことができなかった、

山本勘助や真田幸隆、宇佐美定満など有能な武将・軍師に恵まれなかったのが致命傷になったのかもしれません。

もちろん国力の差もあったことでしょう。

地力では間違いなく武田晴信に軍配は上がる。

村上は守るしか方法はなかった、

砥石城での攻防にて味方にも相当な損害を出し、

確実に兵力も落ちているからね…。


武田晴信の人心掌握も見事、山本勘助の策略も見事。

「真田の郷」が戻って来たのです…。


ここからは次回のTVにて…。
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テーマ:風林火山 - ジャンル:テレビ・ラジオ

この記事に対するコメント

だんだん今まで以上に目が離せなくなってきました~(> <)
NHKの風林火山下巻ではガクトが演じるにあたって「僕は最初から見抜いているつもり」
で演じるとコメントしてました。
まさにweeekdaybattlerさんの読み通りです!!
とにかく危機一髪、種子島(銃)で撃たれず助かってよかった~
どんな救済が来るのかとハラハラして観ておりました!!
下巻もまだ全部読んでないので上巻同様!熟読しなくてはv-218
【2007/08/23 10:25】 URL | ほにょにょん #- [ 編集]


これからの10年間(1561年)にて武田・今川・北条・上杉(長尾)の命運が別れてきます。
「軍師の出来や器量」がその国の明暗がくっきりと出てきます。
山本勘助や真田幸隆、馬場信春らがいた武田家はさらに勢力拡大していきますが、ここで武田家は残念ながら最大のミスを犯してしまいます。世に言う「義信のクーデター事件」です。この時には山本勘助や武田信繁ら重臣はこの世に無く、また今川義元が桶狭間にて戦死したことで、信玄が駿河侵攻と京への上洛の野望を秘めて、義信の妻(今川家の縁者)を強制離別させたことが発端です。
飯富兵部の密告によって幽閉・自害。飯富も責任を取って自害。家臣団の求心力が強かった義信(武田の正当な後継者)の失脚は痛かった…。その後この事件が大きな波紋になっていきます。急遽後継者として指名された四郎勝頼の政治力の無さや側近の愚弄が結局は結束力が強かった、戦国最強と言われていた武田の家臣団崩壊、長篠の合戦での大惨敗、7年後の天目山での自決へと繋がっていきました。

今川は桶狭間の合戦から崩壊が始まり、数年後にはボロボロ。
北条は氏綱・氏康の教えを守った氏政が上手く切り抜け、
上杉は謙信死後、御館の乱にて家中分裂に危機を乗り越え、越後を再統一。この時に大活躍したのが直江兼続(直江実綱の養子)であり、上杉景勝の軍師として知略・実力共にその名を轟かせました。秀吉に愛され、家康からは恐れられていた武将の一人です。真田昌幸を師と仰ぎ、伊達政宗をライバル視していたと言われています。

後継者が争いが起きたところは必ず君主への求心力が一時低下するか、崩壊し、そこを他国に突かれて滅亡するのが戦国の常識です。
武田家がその良い例でしょう、上杉家は本能寺の変にて織田信長が死んだことで運が良かっただけ。今川家は問題外ですわ ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

さて本日のTVは砥石城の陥落となりますが、真田幸隆の汚名挽回となり、武田家中にて一躍その名を高めることになります。
ここに「攻めの弾正」と言われる所以が分かるはずです。
真田幸隆率いる自慢のの少数精鋭部隊が大活躍しますが、その影では奥方の活躍があってこそです、戦国時代を手に手を取って生き抜いた姿は前回の功名が辻とは違った感じがすることでしょう。山内一豊は半分は運ですからね。
しかし真田幸隆は運以上に、実力と知力で勝ち取ったもの。
その心意気は昌幸・信幸(信之)・信繁(幸村)へと受け継がれていきます。
【2007/08/26 12:53】 URL | weekdaybattler #X1x3G5gE [ 編集]


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