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チベット人を救え!

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自分の言いたいことを書きたい!辛口でも甘口でもいいから書きたい!共感できることはしたい!反骨精神を出す時には出したい!皆さんから意見が欲しい時には求めます。そうでない時には求めません。
「風林火山(34)」
「真田の本懐」より


越後からやっとの思いで生還した山本勘助。

砥石城攻めの失敗にて冷視されていた、

お互いを認め合った、ライバルであった真田幸隆の本領回復と

真田一族の本流である「海野家再興」のために人肌脱ぎました。

村上との戦にて2連敗、もう後が無い真田にとっては、

一発逆転を狙いたいところ。

ここへ上手く山本勘助が乗り込んできてくれました。

勘助は真田幸隆のさらに上のことを考えていたはずです。

武田晴信へ「海野家再興」を進言するように持ち掛けたのも、

砥石城陥落は村上義清の本城である葛尾城の喉元に刃を突きつけることになり、

村上義清の力を封じ込めてしまうのも狙いだったでしょう。

また村上は砥石城を失うことによって前線基地を奪われ、

完全に手足がもぎ取られた形になります。

村上本隊をクギ付けにして、砥石城を上手く陥落させるために、

滋野一族の本流である海野家再興を持ちかけて、

村上家臣で実弟の常田隆永の吸収に成功、

おまけにあの現代版セクハラ上司である須田のおじさんまで取ってきてしまった… ( ̄ヘ ̄;)ウーン

あの人はいらん!と思うけどなぁ~ (・_・)ヾ(^o^;) オイオイ


それにしても真田の奥方は素晴らしい人です。

武将の妻の鏡のような方であり、真田幸隆がゾッコンのはずです。

うちもこんな人を妻に迎えられたらさぞ嬉しい限りでしょう。

見ていて気持ちはハラハラでしたが、後味すっきり、気分爽快!


そして松尾城の戻っての独断専行に対する咎めであるが、

真田幸隆の優しい一面を、奥方を愛する、子供を愛する気持ちが伝わりました。

あの一言には感動しました。

相木市兵衛も言っていましたが

「妻にはあのような言葉は言えない」

私も言えませんよ… (-_-;)ホント


そして一発逆転の砥石城の陥落へと繋がっていきました…。

武田晴信の人望と懐の深さには感服していますが、

今回は勘助が黒子として活躍していたことを真田幸隆は見破っていたようです。

村上義清も戦いには2度勝利したものの、

政治力、国力においては武田には歯が立たなかったようです。

このことを認めざるを得ない村上義清の表情は哀れでした…。

小笠原長時は論外、問題外です。ただのア○です。

これにて北及び中信濃での勝負あり!

海野家を晴信次男を立てての再興と本領回復、

真田家の本懐は達成されました。

しかし、当の本人である真田幸隆は「元々の土地は奪い返し、武田晴信より与えられた」ことは複雑な思いがあったに違いありません。


真田源太左衛門はのちの真田信綱のことです(TVでも放送あり)。

父幸隆以上の猛将にて武田二十四将の一人に挙げられていますが、

残念ながら長篠の合戦にて織田・徳川連合軍の鉄砲部隊のつるべ打ちの餌食になってしまいました。

また弟である徳次郎のちの真田昌輝も同様に討ち死となります。

よって結局は三男が真田の家督を継ぎますが、

この人こそが名将・知将と言われ、徳川家康に恐れられていた、

「真田昌幸」であります。

また来週再放送がありますので、しっかりと録画して見てみたいものです。

今回は上田ヶ原の合戦と同様に保存版にしたいと思っています。


それにしても真田幸隆とその奥方には感服しました。

また山本勘助の知略と黒子に徹した姿も見事なものでした。

武田晴信の懐の深さにも…。

さすがは戦国最強の大名と言われたわけですね。



次回は「甲州版大奥・華の乱」のようです。

ついに「三条・飯富・太郎」VS「由布・勘助・四郎」の激突となるようです。

武田家にも家督争いの火種が勃発した模様です。

これがのちに武田家滅亡への序曲となろうとは、

この段階では誰も知ることはできなかったことでしょう…。

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テーマ:風林火山 - ジャンル:テレビ・ラジオ

この記事に対するコメント

こんにちは♪真田夫婦。ほんっとに羨ましい(> <)
旦那が男前でかっこよくて超最高だったら言われたいです。私も。
そうじゃないので全く言われたくないですが(笑)
数日留守にしてまして、母と姉と共に行動していたんですが、
帰宅が私も大阪の母と姉も大河ドラマに間に合う時間だったんで、
何気なく『帰って大河観るわ~』と後部座席の私が言うと・・・・・
助手席に座っていた母が急に振り返り!ひと言!!!!
『ちょっとあんた!!!ガクトさんがほんっとキレイなの!!!』
・・・・・・・・・・・・。
母61歳の夏、こんな発言があったことを私は忘れません(笑)
【2007/08/29 16:08】 URL | ほにょにょん #- [ 編集]

おっと出ましたね…ガクト。
真田幸隆の一言は男の私でも感動しました。
あんなことは今は絶対に言えないです(-_-;)ホント

山本勘助の秘策といい、真田幸隆と奥方の根性といい、
武田晴信の周りには多くの人が集まってきますね。
カリスマ的な存在であった、それだけ人望が厚く、懐が深かった…。
真田の進言によって砥石城を攻めたが、村上にボコボコにされても、真田を責めない、最後に決めて指示を出したのは総大将である私(武田晴信)であり、自分の軍配違いである(思慮不足)と判断することはなかなかできないことです。
山本勘助もそのことを責めず、次に打つべき手を考え、真田に授けたのは見事でした。

「一つの負け戦が百の勝ち戦を生むこともある」

以前勘助が言ったことですが、今回はまさしくその通りでしたね。
一発逆転の大勝利で、武田に2度も勝った村上義清は結局は退却を余儀なくされ、砥石城を武田に取られたことで、居城であった葛尾城は丸裸同然。
武田晴信という人間は魅力がある、これだけの優秀な武将を手に入れることができるからね…。真田幸隆を見方に引き入れた山本勘助の考えは正しかった。

>『ちょっとあんた!!!ガクトさんがほんっとキレイなの!!!』
なかなか言えないことですね (/。\)イヤン☆
おちゃめなお母様ですね \(^▽^)/

ちなみにうちの坊主は…

「不気味だ、恐ろしい、あれは妖怪か、宇宙人か…( ・◇・)?(・◇・ )」

という感想でした (・_・)ヾ(^o^;) オイオイ

歴史関連の書物での上杉謙信とは大幅に違うので、
そんなことを言っていると思いますが…私も同感です。
実際に人物はそんなにかっこよくないでしょうね。
ちなみに上杉の重臣であった直江兼続は当時超イケメンだったようです(余談)。

来週は「甲州版大奥・華の乱」です。
三条夫人、由布姫、そして初出場の於琴姫(油川夫人:仁科五郎盛信の母)の三つ巴。
武田晴信の欠点である「色好み」によって、ここにきてお互いが火花バチバチ。
正直なところ、次回はあまり見たくないし、見せたくないです…(-_-;)ホント


でも、見ちゃう (/。\)イヤン☆
【2007/08/30 00:06】 URL | weekdaybattler #X1x3G5gE [ 編集]


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