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チベット人を救え!

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自分の言いたいことを書きたい!辛口でも甘口でもいいから書きたい!共感できることはしたい!反骨精神を出す時には出したい!皆さんから意見が欲しい時には求めます。そうでない時には求めません。
「風林火山(39)」

「川中島!龍虎激突」より


村上討伐が終了し、いよいよクライマックスへと向かいました。


武田晴信・山本勘助(甲斐)組

VS

長尾景虎・宇佐美定満(越後)組


川中島の合戦(その1)が始まりました。

今回景虎は晴信を「盗人狩り」とか「卑怯者」とか言いたい放題でした。

それにカリスマが強すぎるせいなのか、
訳が分からないことを連発していた感じがします。


「死ぬと思えば生きるし、生きようと思えば死ぬ」


出陣前の景虎の言葉ですが、
直江と宇佐美のこの時の表情は逆に怖かったなぁ~。

勝手に信州へ進撃して、人の城叩き壊して…。

今なら不法侵入に、器物損壊、窃盗行為だぞ…(・_・)ヾ(^o^;) オイオイ


「不義なるものを撃ち払いたまえ、この心の虚しさを正義の憤怒で満たしたまえ」


とどめは直江の一言。


「面倒くさいから信濃を切り取って知行として与えましょう!」

これじゃ景虎の方が盗人じゃないの???


私の中の「直江実綱」のイメージがボロボロに崩れた瞬間でした。

「直江兼続」の義父ということで、それなりにいいイメージでしたが、

こっちの方が「こそ泥」に思えて仕方が無いですわ。

案の定景虎から一喝されますがねぇ…。



今回の見ものは何といっても甲斐・越後の「名軍師」対決ですね。

「景虎の狙いは晴信の首ただ一つ!」

この読みといい、相手にとっては正義と貫く戦いだと確信した山本勘助は

わざと敵に城を落とさせて、勢いに乗じて信州の中央付近まで進撃させて、

しっかりと逃げ道をシャットアウトしてから袋叩きにする。

さすがにどこかの相撲部屋みたいに金属バットやビール瓶、
兄弟子は出てきませんが…。

(不適切発言でした…)



もし信州への侵攻を食い止めるのが目的であれば、
川中島まで進軍させないでしょう。

村上の旧領地であった坂木(葛尾城)奪還を目的とし、
そして晴信をおびき出して首を狙う作戦だと考えたようですね。

そうすれば小県の真田、相木を中心にして周囲をシャットアウト。

あとはどこかの相撲部屋みたいなことをすれば一気に越後軍崩壊、

景虎はもちろんノックアウト!


まあこれが策略だったわけですね。


しかしこれを予想して見事に相手の意図を外して安曇郡方面へ本隊を移し、

深志城の馬場信春を攻める作戦に切り替えました。

さすがは宇佐美定満、
何が何でも武田晴信をおびき出すことを計略していたようです。

武田軍を切り切り舞いにさせたのは、
それも相手の出方を予想しての臨機応変ぶりは見事でした。

後手後手に回された武田軍、山本勘助の策略は見事に外され、
防戦一方に。

深志城での攻防に戦略を切り替えた時に、

お待ちかねの『諸角のじーさんの命令違反!』


現代版・絶体絶命でんぢゃらすじーさん!


血気にはやるのは良いが、年寄りの冷や水とはこのことか?

まあこのことを知った時の勘助の様子、晴信の様子、
そして舎弟信繁の慌てぶり。

三者三様でしたね、見ていた方は結構興味深かったですが…。

このでんぢゃらすじーさん、余程死にたかったようですね。

話は前後しますが、馬場に酷いこと言われたことを思い出して、
血圧でも上がったのでしょう。

晴信からは戦いの後にしっかりとお灸を据えられたようですが。


この時の対応は信繁は慌てて援軍に、
晴信はじっとして動かず勘助の意見を待ち、

勘助は逆に籠城したことを利用して深志城の馬場を後詰めにして、

夜戦を仕掛けて敵を混乱させ、撤退させる作戦を取った模様です。

「景虎を信州より追い出すこと」を目的としたのでしょう。

また安曇郡の豪族を寝返らせないようにしたのも目的としたのかもしれませんね。

安曇郡の南部には村上と共同戦線を張っていた木曽一族(一大勢力)がいたので、

このお邪魔虫が出てこないうちにさっさと片付けてしまった方が良いと考えたのでしょう。

見事に今度は読みが当たり、また宇佐美もこれが相手の攻略だと思ったことで、

闇夜にまぎれて退却していきました。

「お互いの誤算が結果オーライ」になった感じがしました。


今回の軍師対決は宇佐美定満の方が一枚上手だったようですね。

そして山本勘助の策略にて何とか凌ぎきったという幕切れのような感じがしました。

景虎は退却途中に急遽反転して信州へ進軍、

最後に犀川?千曲川?の河川敷にて両軍対決の様相でした。

武田軍の「鶴翼」の陣構えに対して、長尾軍の「魚鱗」の陣構え

武田軍は囲って袋叩きの作戦、長尾軍は一点突破、狙うは武田晴信の首ただ一つ。

今回の攻防戦を象徴したような陣形でした。

これらの陣形にも、やはり欠点はあり、

「鶴翼の陣」はそれを形成する部隊が一つでも破られ、

修復できなくなった時には一気にもろくなるのが特徴的で、

関ヶ原の合戦での西軍の陣形がまさしく「鶴翼の陣形」に当たります。

「魚鱗の陣」は一見強い陣形に見えますが、補充する部隊が無くなった時や、

側面攻撃をされた時、背後から不意打ちを喰らった時には軍全体が壊滅してしまうのが特徴です。

関ヶ原の合戦での東軍の陣形がまさしく「魚鱗の陣形」に当たります。

ちなみに徳川家康は三方ヶ原の合戦以来、「魚鱗の陣」を使用していますが、

魚鱗の陣形の場合には本隊(本陣)は大体は最後尾付近に構えますので、

背後の南宮山に2万の軍勢を率いて陣取っていた毛利軍を気にしていたのはいうまでもありません。

特に内応していた吉川広家がしっかりと関ヶ原への出口付近を封じ込めておかないと、

毛利本隊や長曾我部盛親の軍勢に背後から襲われれば、背後の備えとして布陣していた池田輝政や浅野幸長、山内一豊の軍勢だけではとても持ちこたえることができないからです。

まあ、話はいつもの如く大幅に反れてしまいましたが、

今回は初顔合わせということで、お互いにお手並み拝見と言う感じでしたね。

お互いに大将も軍師も「これは大変な敵を相手にするのか…」という雰囲気を漂わせていたように見えました。

最後のシーンは見ていて、気分が良かったですわ。


川中島での一回目の手合わせが終了してから、次回は「三国同盟」となります。

山本勘助の策略が見事に的中するのですが、

この同盟がもたらす三国の運命は悪戯にもハプニングもあり、

とんでもない方向へと導かれてしまいました。

これから数年後今川家では緊急事態が発生するのですが…。
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テーマ:風林火山 - ジャンル:テレビ・ラジオ

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