FC2ブログ
チベット人を救え!

チベット人を救え!

チベット人を救え!

プロフィール

weekdaybattler

Author:weekdaybattler
別に名乗る程の者ではありません。
男です。居住地は旧尾張藩の所有地となっています。
サッカーやラグビーなど観戦するのが好きです。
辛口のコメントもあるので、コメントに残し難い人、残したくない人はメールボックスからどうぞ。
よろしくぅ(^o^)/

現在の価値は…(・・?) エッ?!

本日現在のブログの価値は…

サイト売買のサイトストック

だそうです ( ̄ヘ ̄;)ウーン

本日までの来訪者数は…

お越しいただきまして、誠にありがとうございます サンキュゥ♪(o ̄∇ ̄)/

気になる記事について、コメントがある方や、したい方は遠慮なくどうぞ。よろしくぅ(^o^)/ 但し不適当なものは削除しますので…(#`-_ゝ-)ピキ

最近の記事

管理人へのメールBOX

メールをくれる方へ、 『メルアド(フリメでもOK)』を必ず入れて下さい。送信できませんのでよろしくぅ(^o^)/

名前:
メール:
件名:
本文:

意味不明、中傷誹謗、関係の無い内容等その他「不適当」なものは是非控えて下さい。(書きこみ禁止等しょ処置を取ります) いただいたメール文の内容によっては管理人よりメールを出すこともあります。

最近のコメント

最近のトラックバック

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

RSSフィード

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

FC2ブックマークに追加する

FC2ブックマークに追加

ブログランキング

FC2ブログランキング

勝手気ままなブログ
自分の言いたいことを書きたい!辛口でも甘口でもいいから書きたい!共感できることはしたい!反骨精神を出す時には出したい!皆さんから意見が欲しい時には求めます。そうでない時には求めません。
「風林火山(41)」
「姫の死」より


ついにこの時がやってきました…。

勘助にとっても、武田晴信にとっても悲しい、

そして寂しい永遠の別れの時が無常にもやってきました。

おそらく随分前から労咳(肺結核)に冒されていたことでしょう。

美人であり、男勝りの性格であり、時より見せる女性の優しさは、

私にとっては不思議な人物に映りました。


敵国の領主の娘でありながら、勘助との運命の出会いによって、

武田家に入り、四郎勝頼を産むことになるとは…。

そしてこのことが武田家のお家騒動の火種となって、

最後には甲斐の名門武田家滅亡へ繋がっていったのは何とも皮肉なことだとは、

この時は思っても見なかったことでしょう。

そのことを知らずにこの世を去っていったことは、

大井夫人と同様にせめてもの救いだったのではないでしょうか。


晴信はおそらく医師から由布姫の状態が芳しくなく、余命のことを聞かされていたことでしょう。

話は戻りますが、勘助との会話にて政治のことに興味を持っていたようです。

おそらくそのことを晴信が知り、勘助と協議の結果、武田家が進むべき次の目標を選択させよう、

どちらでも好きな方(越後攻めか木曽攻めか)へ進めようと決めたようです。

あれだけ由布姫を避けていた晴信ですが、実は相当彼女のことを気にかけていたようですね。

そのためでしょうか、軍師である勘助の婚儀の相談や領国拡大などを話すこともでき、

その最後の願いを叶えてあげようと気丈にも、また優しく振舞っていたのは何とも言えず、

ただ切ない気持ちがしました。

当時木曽一族は村上氏と同盟関係にて、反武田の旗を掲げていましたが、

ここに来て越後の長尾と呼応するように不気味な動きがあることを知っていたのでしょう、

由布姫は迷わず「木曽攻め」を進言し、さらにはその後の対策も晴信や勘助に進言しています。

この采配ぶりはまさしく男勝り、戦わずして味方に引き入れるという、

ましてや敗者側の武将に自分の娘を嫁がせて服従させるとは、

晴信の性格を読み取った、武田家の拡大の原動となった画策は実にお見事なことです。

早速突撃体制に移るような勢いでしたね、二人とも…。

まさに「アメ」と「ムチ」との政策です。

確か数年後武田から木曽へは真理姫が輿入れしたと思いますが…(事実不明です)。


木曽攻めが決定し、勘助が挨拶に来た時の由布姫の言葉とその口調は驚きました。

もはや次に会えることはないと確信していたからでしょう。

勘助に対して、あれほど強い口調で話したのは随分久しぶりな感じがしますが、

圧倒されるくらいの迫力があり、勘助が小さく見えました。

これが女性のパワーなんでしょうね、男とは何とも寂しいものです。

「婚儀」の約束を取り付けたのは、見事なものです…。


長尾景虎もしたたかな男です。

武田晴信が木曽攻略の隙を狙って進撃、相手の領地に砦を築くとは奇策です。

さすがは越後の名軍師である宇佐美定満。

相手の出鼻を挫く策略は見事なものです。

またそれを見ていた真田幸隆から出た言葉も見事です。

策士ならではの言葉でしょう、容易には戦えない、動けないことを察したのでしょう。

「両者がっぷり四つの構え」にて「動いた方が、仕掛けた方が負け」という事態にて、

にらみ合いが続き、痺れを切らした勘助はこれ以上の長居は無用だと察し、

駿河の雪斎に仲介を申し出ます。

言った言葉は確か三国同盟の際に北条氏康に言った言葉と同じだったような気がしますが…。

まあ、それは良いでしょう。

長尾景虎も「義」の男としてプライドがあるが故に今回は雪斎の申し出を受けて、

越後へと帰参することになりました。


駿河に帰国した雪斎は松平元信(のちの徳川家康)に自分の夢を話しますが、

運命の悪戯か、酒を飲んでいる途中に、その場にて倒れてしまい、そのままこの世を去りました。

今川家にとってはこの日から名家没落への道を辿ることになるとは、

その時誰が知っていたことでしょうか?今川義元自身も5年後の討ち死にを予測できたのでしょうか?

松平元信も独立し、最後には天下を手中に入れるとは全く予測すらできなかったことでしょう。

雪斎はブラックな軍師のイメージがありますが、この男ほど今川家に尽くし、

義元の全信頼を受けて、執政、軍事、外交を首尾よくこなした、司った人間はいなかったでしょう。

確かに軍師ですから、したたかさはあり、不気味なイメージはありますが、

それは勘助も同様です。この頃の時代の軍師とはこんなものでしょう。

それからさらに先の時代になって武田家では真田幸隆や昌幸、長尾(上杉)家では直江兼続、

伊達家では片倉景綱などという、爽やか(?)かつ豪快なイメージが強い名将・名軍師が現れてきます。


いつものように話は逸れましたが、

木曽攻めの最中に訃報を知ります。勘助の心情は如何ほどか察します。

信じたくないという気持ちが大きく、

それを振り払うようにして木曽の残党をことごとく斬り倒していきます。

その悲しみは相当なものだったのでしょう、心動かされた人の死は大きなものだった。

これは現代社会においても同じことでしょう…。


さて次回は「軍師勘助と軍神景虎」との直接対決となっていますが、

長尾景虎が家臣団の権力争いに嫌気をさして一時出奔したことは知っていましたが、

高野山を舞台としての勘助との再会、そして刀を交えるのは記憶にありません。

どのような経緯にてこんなことになったのか楽しみですが…。


今回はこの放送を見たのが「土曜日」の再放送だったので、

私の感想などを書くのが遅れてしまいました。

こっそりと見ていた、興味を持っていた人には申し訳なく思っています。

今回はこちらの方のブログを参照にしながら書かせてもらいました。

今後ともTBをさせていただきたいと思います(相手方さえ良ければ…)。
スポンサーサイト




テーマ:風林火山 - ジャンル:テレビ・ラジオ

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://weekdaybattler.blog107.fc2.com/tb.php/280-8cf647ef
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

風林火山~第41話・佳人薄命

風林火山ですが、山本勘助(内野聖陽)は武田晴信(市川亀治郎)に呼び出されます。晴信は沈痛な顔で「由布が血を吐いた」と告げます。勘助は知らなかったのですが、由布姫(柴本幸)が吐血したのは、これが最初ではありません。(風林火山、第41回・姫の死の感想、以下に 一言居士!スペードのAの放埓手記【2007/10/21 15:08】