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チベット人を救え!

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勝手気ままなブログ
自分の言いたいことを書きたい!辛口でも甘口でもいいから書きたい!共感できることはしたい!反骨精神を出す時には出したい!皆さんから意見が欲しい時には求めます。そうでない時には求めません。
「風林火山(45) その2」
「謀略!桶狭間」の続きになります。

出陣中の義元に続々と吉報が届いています。
将来のタヌキ爺こと松平元康が戦果を挙げていたのです。
今川氏真を越すと察していたことでしょう。
その頃勘助は義元留守中の今川館を訪れます。
先日の続きになりますが、まずは諏訪寅王丸の件にて。
このババアの陰謀と知っていても、知らん振りで対応します。
したたかに、何も知らぬかのように…。
このババアも首謀者でありながら、まるで突然の出来事のように、
「私も知らなかった」という風に語っていました。
本当の悪とはこのことでしょう ( ̄ヘ ̄;)ウーン
そして勘助のとどめの一言

「義元殿は進言を受け入れてくれたのでしょうか?」

フグの毒が突き刺さったのでしょうか、
ババアがそのことに気が付き、勘助を問いただしますが、
所詮あとの祭りごとになりました… ( ー人ー)|||~~~ ナムナム
勘助はあくまでもしらを切りますが、
心の中では「ざまぁ~みろ!」だったことでしょう。

「武田信玄を怒らすとこうなるのじゃ!」

信玄公のためならば、進んでブラックにもなる勘助。
さすがは天下にその名を残す名軍師です…。

さて桶狭間にて憤死した今川義元。
その首は譜代家臣である岡部元信が織田方と交渉し、
何とか今川館に持ち帰ることが出来ました。
これは岡部元信のおかげです。

首と対面したババアと日本版劉禅(今川氏真)は家臣団の前では気丈でした。
「武田は何をやってくるのか分からん!」と言っていましたが、
それは大間違いであり、今回の計略の発端はババアと義元にあります。
この辺を間違えないように、すり替えないようにしていただきたい!
同盟関係を結びながら、刺客を送って武田を怒らせたのは今川です。
これで武田信玄の恐ろしさを体感したことでしょう。
壊滅的なダメージを受け、これから9年後には攻め滅ぼされます。

家臣団が引き上げた後、ババアの落胆振りは哀れなのものでした。
首を抱いて泣いていましたね…(--,)ぐすん
10年前であれば、首を映していたことでしょう…( ̄ヘ ̄;)ウーン
小沢代表の泣き顔や赤福の社長の泣き顔を見てきましたが、
この人達のことと比べれば気丈でしたね。
思えばこの人が産んだ人はこれにて全滅。
これが戦国時代というものでしょうか…。
今川義元の驕りと一発の計略ミスがたんでもないことになるとは・・・。
松平元康も離反し独立してしまいます。
今川家臣団の崩壊がこれから始まります…。
このババアも数年後にはこの世を去り、武田家に好き放題に、
やられ放題に、駿河・遠江がボロボロになります。
( ー人ー)|||~~~ ナムナム

武田家も今回の事件にて嘆き悲しむ人がいます。
義信の妻である綾姫です。
飯富虎昌は完全に武田信玄の家来であることを忘れているようで、
山本勘助に詰め寄りますが、見事にかわされます。
所詮策略家としては器が違います ブン( ̄ロ ̄= ̄ロ ̄)ブン
主君の生命を奪ったことを忘れているようであり、
ここに勘助と大きな差が出てきます。
諏訪寅王丸を独断専行にて討ち取ったことは棚に上げ、
今川義元を計略にて討ち取らせたことを「悪」と考えているようです。
「事の一大事を分かっていない、気の毒な武将」です。

平蔵は論外であり、今回は話すだけ無駄なのでやめておきます。

来週は関東出兵。
「関東管領:上杉謙信の誕生」となるようです。
北条氏康は徹底して防戦し、決戦を挑みません。
まあ、相手に大義名分がある以上、無駄な戦いになると察したのでしょう。


(後は個人的な見解にて)
上杉のバカ殿様、最近宴会がないぞ!NHKに抗議でもあったのか?
「酒池肉林」はあなたのためにある!みんな期待しているぞ!
次回は是非ともやってくれ!

(・_・)ノ□ イエローカード
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テーマ:風林火山 - ジャンル:テレビ・ラジオ

この記事に対するコメント
はじめまして!
どうも、こんばんは!
「風林火山クラブ」でお世話になりました琉河です。

>日本版劉禅
素敵な例えですね!
国が滅んだ後、プライドをかなぐり捨てて(というか元々ない!?)織田や徳川に寄生するフットワークの軽さというか恥知らずなお姿はまさに「安楽公」そのものですよね。

>上杉の馬鹿殿様、最近宴会がないぞ
サダンジさんの演技がリアルすぎて(実は私生活そのものだったりして)視聴者はもとより、身内の「市川軍団」からクレームが来たのかもしれませんね~。
【2007/11/14 21:12】 URL | 琉河岬 #- [ 編集]

ようこそ、我がブログへ。
どうも、はじめまして。ここの管理人をやっています。
「風林火山」クラブなどいろいろなところでのコメント読ませていただいております。
同じ尾張出身の方ということで、大変親近感があります。
こちらこそ今後ともどうぞよろしく m(_ _)m
近いうちにそちらのブログへ行かせていただきます。

今川氏真は政治力もなく、家臣団をまとめるだけの能力もなく、
それを補佐する人間もいない、可哀想な御仁でした。
「阿斗」と書いた方が適切だったのかもしれませんが、
ここはあえて「日本版劉禅」と書きました。
中国では「阿斗」というのは能力の無い、馬鹿者という意味です。
しかしまあ、この人の救いとしては「蹴鞠」と「和歌」の才能には秀でたものがあり、
これで今川家は徳川家の旗本として幕末まで「高家」として残りました。

琉河岬さんのコメントの通り、
上杉の○○殿様役の市川左團次は、人生そのものをやっている感じがしています。
よくお似合いのようで…(ノ´∀`)
ただ実生活でもこんな感じなのかな?と思っています。
やはりドラマでは宴会での華やかさがこの人の持ち味だと勝手に思っていますが、
このシーンだけは子供たちには見せたくないなぁ~( ̄ヘ ̄;)ウーン
と思っています、悪影響であり、ちょっと刺激が強いですからね…(-_-;)ホント
【2007/11/14 21:47】 URL | weekdaybattler #X1x3G5gE [ 編集]

こんにちは♪
今週の大河の記事をその1、その2続けて読ませていただきました~!
尾張の方はやはり織田ビイキなのでしょうか?
桶狭間の描き方は「巧妙が辻」のほうが真実に近いのですね?
「巧妙が辻」の記憶も新たなので、今回の勘助絡み桶狭間にはちょっと驚きましたが、歴史の裏側には何があったか分からないので、かなり面白い脚本だったと思います。
義元や信長は早々と天下統一を目指していたようですが、我らが(?)信玄はようやく天下に目を向け始めたかな~という感じでしたね。
そのあたりの野望の持ち方も武将によって違うのが興味深いです。
【2007/11/15 10:51】 URL | ミチ #0eCMEFRs [ 編集]

コメントありがとうございます。
ミチさま
こんばんわ、コメントありがとうございます m(_ _)m
書きっぱなしのレビューをお読みいただきまして、重ねてありがとうございます。
歴史上織田・豊臣・徳川を天下人として、また徳川幕府での大名の約8割を輩出している尾張及び三河の人間には、駿河の人間に対して優越感を持っているのは事実です。
馬鹿にしているわけでは決してありませんので、誤解の無いようにお願いいたします。
「判官びいき」という言葉があるように、「弱い者(織田)」が「強い者(今川)」を撃破し、討ち死に、今川家滅亡まで追い込んだことを「美」として大げさに書いている感じはしています。
桶狭間の合戦については「功名が辻」の話しが本来の解釈された、正統に、忠実に書かれたものです。勘助の策略に関しては記録はありませんが、太原雪斎が存命であったならば間違いなく梅雨の時期の出陣は避けたでしょうし、仮にやったとしても三河国内にまず拠点を置き、一気に清州城へ進撃したことでしょう。織田方は必ず「奇襲戦」を仕掛けてくると読んでいたはずです。夜戦も頭の中に入っていたことでしょう…。
ただ脚本的には私も面白かったですが、実際にあり得ることではないかと思っています。
勘助は天下屈指の策士、武田家を、武田信玄をあれだけの素晴らしい戦国大名にまで押し上げた人間です。この話しはあっても不思議ではないと考えます。

「今川義元」の場合にはババアの関係もありましたが、もともと家紋でもお分かりの通り「足利家」の流れを組んだ、由緒正しき家柄です。京との関係も良好、将軍家の威光を回復するという大義名分もあり、早急に上洛したかったことでしょう。しかし、「相模の亀」「甲斐の山猿」のおかげでなかなか上手く行かずに、ズルズルと時だけが流れてしまいました。
三国同盟ときっかけにして後ろの憂いが無くなった事を契機にしての上洛作戦だと思います。尾張を切り取り、美濃を制すれば商業及び農業がさらに盛んになり、石高だけではなく、金も多く稼げるわけです。
【2007/11/15 21:58】 URL | weekdaybattler #rgmQvHxk [ 編集]

続きです。
「織田信長」の場合には最初から下克上(織田は斯波氏の守護代)の中にいた関係もあるのでしょうか、それを早急に終結させるためにも美濃攻略に成功してから「天下布武」を宣言して、足利義昭を救済する(軍職に就ける)という名目にてその家臣であった細川藤孝、明智光秀を家臣として採用し、結果として上洛を果たし、天下に号令を出したのでした。

「武田信玄」の場合には天下への野望が遅かったのは事実ですね。
その理由として挙げられるのは、残念なことに信濃平定に時間がかかったこと、約10年におよぶ川中島の合戦、その後に起こってしまったお家騒動(義信事件)、三国同盟の決裂…。
まあこれがなければ「織田信長」VS「今川義元」ではなく、「織田信長」VS「武田信玄」の超ガチンコ対決になったことでしょう。信玄からすれば三方ヶ原の合戦は序の口に過ぎないことだったでしょう。病気さえなければ織田・徳川は壊滅させられていたことでしょう。
また翌年の真田幸隆の死も武田家にとっては痛手でした。勝頼の政治力と統率力にも問題があったのはいうまでもありませんが…。
総括すれば「動く時期が遅かったこと」「病気にて死ぬのが早かった」ということです。
10年長く信玄が生きていれば、間違いなく天下の情勢は変わっていたはずです。
歴史が大きく変化していたことでしょう、ひょっとして「応仁の乱パート2」と題して、今度は京都が舞台となって幕府の実権と「将軍への忠誠」「義」を賭けて上杉謙信との対決にも発展したことでしょう。
あくまでもこれは管理人の勝手な解釈になりますので…m(_ _)mスマン
【2007/11/15 22:16】 URL | weekdaybattler #X1x3G5gE [ 編集]


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「風林火山」第45回 「謀略!桶狭間」

桶狭間の合戦の勝敗に勘助が関わっている~!?!?と、先週はそこに至るまでの過程を観て、結構気持ちが下降気味だったのですが、その割りに楽しんで観られたと言うか、軍師というものの恐ろしさを、勘助の行動、言葉から表情から、全身から感じて、それなりに面白かったよ つれづれ さくら日和【2007/11/13 08:29】

「風林火山」第45話。

気がつくと今年もあと2ヶ月足らず。大河ドラマの登場人物がどんどん退場する時期になり、今週もまたイケメンが1人画面から姿を消してしまいました。このまま普通に話が進めば、最終回まで生き残るのはフグと宇宙人か…。人間はいないのか…。 Creme Tangerine【2007/11/13 08:54】

風林火山.45/桶狭間!

先週のストーリー展開に「それはないだろう?」と思われた方、また「桶狭間」と聞いて、ワタシみたいに「もう!?」と思われた方も多いのではないでしょうか?今回「風林火山クラブ」では、みなさんの間でもきわめて人気の高い「義元」どのの最期ということで「義元特別追悼 ブルー・カフェ【2007/11/13 12:16】