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チベット人を救え!

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自分の言いたいことを書きたい!辛口でも甘口でもいいから書きたい!共感できることはしたい!反骨精神を出す時には出したい!皆さんから意見が欲しい時には求めます。そうでない時には求めません。
「風林火山(25)」
『非情の掟』より

今回はちょっと複雑な気分になりましたね。
四郎の誕生は大変御目出度いことではあるが、武田家及び家臣団に大きな影響が出始めましたね。
戦国の世とはいえ、諏訪寅王丸の今川家への預かり(事実上の追放処分)は気の毒な感じでした。
別れの際での大井夫人のあの顔は「戦国の世に巻き込まれずに済む」という気持ちと、「いくら敗北したとはいえ武家の頭領である、諏訪の正統な嫡子があのような目に遭うのは気の毒だろう」という気持ちが同時に出ていた感じがします。見ていて戦国時代の非情さ、儚さを感じていました。
でも歴史上から見ればこれで良かったのかも知れません。
武田家はこれから家臣団が二分するほどの家督争いの渦に巻き込まれます。
そうなれば嫌が上でも、状況によっては暗殺される可能性だってあるし、逆に武田と諏訪は分裂し当主として担ぎ上げられ、内戦状態にでもなれば、「勝てば」よし、「負ければ」処刑される…。
武田家と寅王丸の双方が生きるにはこれが最善だったのかも知れません。
ただ武田家にとってはこれが後世への遺恨になるとはつゆ知らず…。
ただこの先の一生についてはまだ分かっていないようですね(私が知る範囲では…)。

それにしても「もう一つの非情」は山本勘助の策略ですね。
今回ほど自分の思いと手の内がはっきりしたことはないでしょうね、
あまりにも露骨だと思いましたね。いかにも大河ドラマとはいえども「ちょっとなぁ…」とう感じかな?
諏訪寅王丸の受け入れ要請のために駿河に出向いた勘助に対して今川義元の神通力(?)も見事でした。
山本勘助という人物がどれほど脅威なのか、どれほど末恐ろしいのかを、
言い方はともかくとしても、そのものズバリを言い当てたのはお見事でした。
今川義元に対しては私は元々尾張人(尾張出身)ということもあり、あまり良いイメージはありませんでしたが、やはり足利家の流れを汲む守護、その後戦国大名としての器はあると思いました。
もちろんこれには寿桂尼(実母)や軍師である太原雪斎がいてからこそでしょうが…。
この両人の影響力が出ていることも現在の今川家の安泰に繋がっていることでしょう。
しかしそれから8年後に雪斎がこの世から去った時に今川家は大きく揺らぎ出します。
そしてその5年後に「桶狭間の戦い」にて織田信長に見事にその虚を突かれて非業の最期を遂げることになるのですが…。
上洛を目指している義元にとって尾張国の織田信長は赤子同然(確かにその通りですわ)。
遠江・駿河100万石の今川家と尾張30万石にも満たさない、ようやく尾張を統一した織田家。
その差は歴然であることは明らかなことであり、紛れも無い事実である。
また名門の家柄であり守護大名として勢力を持った今川家とあくまでも斯波氏の守護代に過ぎなかった織田家。
兵力の動員数も今川の2万5千に対して、織田は6千が限度。これも明らかな事実である。
よって「強大な軍事力と経済力」からなる慢心や過信が出てもおかしくはないでしょう、諌める人間がいなし、この時義元にはそんなことを聞く耳も持たなかったことでしょう。
当主討ち死という非常事態でも後継者(今川氏真)の国主としての力量不足があまりにも酷すぎたため、やがて属国であった三河の徳川家の独立、武田信玄・勝頼による遠江・駿河への侵攻、最後には今川本家の滅亡へと辿るようになっていきました。



話は元に戻しますが…、

勘助の考えはまずは諏訪家の当主として、そして武田本家の当主に据えようとする。
その第一段階が諏訪寅王丸の追放、大義名分もしっかり付けているから…さすがは策士である。
これには武田家への思いなのか、由布姫への思いなのか、四郎への思いなのか…。
いずれの思いにしても、板垣信方が言うとおり「思い」が強すぎる。
この「思い」が家臣団を派閥化させることになるのでしょう。
武田の重臣でもある甘利虎泰、飯富虎昌らは「太郎」、板垣信方はどういう気持ちなのであろうか…。
やはり「太郎」の嫡子を押しているのかもしれませんね。

冷静沈着な三条夫人がついにキレてしまいましたね。
「正室」という立場であり、長子(嫡男)を産んだ「母親」の気持ちがついに爆発したのでしょう。
相手(由布姫)が諏訪家の娘であり、側室の子(四郎)の誕生で、晴信の動向が怪しくなったことを推測したのでしょう、「勘が強い」とでも言うのでしょうか…。
まあこれが母親というものでしょう、「正室の長子=嫡男」=「当然の家督相続」という図式になっていますね。
戦国時代は確かに公家も武家も正室の長子が家督相続第一位となっていたため、三条夫人が慌てるのも無理は無いことでしょう。それに嫡子が病弱、病死、戦死などの場合には上から順番というのが通例だったと思います。もちろんこれには必ず例外もありますが…。
太郎の力量についてですが、守役に飯富虎昌、飯富源四郎(のちの山県昌景)という勇猛果敢、知略と義に優れた重臣が指導していたことや「嫡男」ということで家臣団にも信頼が厚いこともあり、家督を相続する者としてはごく普通だったと思われますが、詳細についてはそれ程勉強していませんので悪しからず。

これに対する晴信の一喝も分からない訳ではない。
甲斐国主として、武田家当主として、今後の武田家の繁栄等を考えれば無理も無いことでしょう。
晴信はおそらく父である信虎のことを思い出しているに違いないでしょう。
家督相続(後継者指名)は今後の武田家や家臣団にとっても重大なこと。
そう容易くできるわけ無いし、まだ30歳にも満たない当主にそれを強いるのはやはり無理があるでしょう。あの態度に対しては多くの方々から同情的及び批判的な意見は出てくるでしょう。
「以前信虎にやられたことをやっている!」と思われる方が大多数でしょうが、感情論だけの問題ではないと思うし、してはいけないと思うので、私は一定の理解(晴信の立場として)を示しています。
現代で言う「ストレス」が相当掛かっていることだと思っています。
ただちょっと嫌な感じがしたのは「侍女」である萩の方。
正室の御付ということで別格扱いではあるのを鼻にかけての、家臣団に対するあの態度にはいささかムカつく。いちいちやかましい、うっとおしい、差し出がましい。
「いい気になるなよ、○○~」と言いたい、三条家という公家の付きなのに品が無い、
あのような人は好かん!
それに比べて由布姫の侍女である暁美は年齢のせいもあるかもしれないが、
物静かで、穏やか、しかし心はしっかりしている、諏訪家の縁の者ということもあり、品格もある。
御付の者といえども「正室と側室」ということもあるが、私は暁美さんの方が好意的である。


太郎の不運の始まりは自分の味方であった(そうと思われる)板垣・甘利などの晴信を諫言できるだけの器量を持つ重臣の戦死。
1560年の桶狭間の合戦における今川義元の戦死、翌年第四次川中島の合戦における諸角・武田信繁などの有力家臣の戦死と四郎の後ろ盾となっていた山本勘助の横死。
この時晴信は山本勘助の進言通り(かもしれないが)三国同盟の盟約をを破って駿河攻めに入ることを決意し、それまで仲睦まじく生活していた太郎と正室(今川家出身)の仲を切り裂き今川家に送り返し、三条夫人を遠ざけた。
太郎義信の感情が爆発して武田家のお家騒動(太郎義信のクーデター未遂事件)へと発展していったのでした。
この時もはや山本勘助はこの世からいなかったので、我慢すれば、耐え難きを耐え、忍び難きを忍べば良かったのでしょう。おそらく父である武田晴信を追放して、四郎を成敗するする予定だったのでしょう。
しかし世の中は上手くいかない、密告によりクーデターは未遂になり、廃嫡・幽閉・自害となっていきました。
しかしこの事件はのちに武田家滅亡への序曲になるとは予測していなかったことでしょう。
この時真田幸隆や高坂弾正らを味方につけていれば、おそらくクーデター事件にまで発展することはなかったのでしょう。武田家の悲劇ですね…。
戦国時代には「お家騒動」はつきものでしたが、一度起こしたらしばらくはその家にはダメージが残ります。毛利家も、伊達家も、上杉家も…。案外上手くいったのは徳川家だったのかもしれませんね。

大井夫人の先の見通しを読む力には恐れ入りました。
「父」としての覚悟を悟らせた、「父」として大切なことを教えたのではないでしょうか。
「晴信と信繁」と「太郎と四郎」との相違点を見極めてのことでしょう。
家督相続争いが起こることを一番懸念していたのは実は三条夫人でも、晴信でも、家臣団でもない、
大井夫人だったのかもしれません。
父親が先代信虎と甲斐の覇権争いに敗れ、人質同様に嫁がされ、親子の不仲を目の当たりにして、
晴信の父親へのクーデター(永久追放)、出身一族の滅亡…。
これ以上醜い争い事で多くの犠牲を出したくないという気持ちの表れでしょう。
また母親としての晴信の性格や現在やこれからの武田家の状況を冷静に見ている証拠でしょう。
これから起こりうることをそのものスバリ見通して、晴信に進言したのは見事なことでした。

「家督相続争いは必ず遺恨を残し、武田家滅亡へと繋がる」

このことをいち早く察知していたのではないでしょうか。
やはりあの時代の女性は男以上に心は強かったと感じています。


今回の放送にて「甲州法度次第」が出てきましたが、戦国大名が各自で制定した分国法と呼ばれているもので、現在の条例や法律、憲法に相当するものですね。
武家諸法度なるもの(もしくはそれに準ずる)はその当時不文律にて存在していましたようですが、これはあくまでも武家(家臣団)に限ったものであり、農民などを含めたものまでは成文化していなかったようです。多くの戦国大名が分国法を作成しましたが、「今川仮名目録」も今川義元の父が晩年に作成したもので有名ですが、武田晴信が作成したものはさらに有名なもので、中学や高校の日本史には必ず出てくるでしょう(私も当時聞いたことがあります)。
武家に対する諸法度については鎌倉幕府三代執権であった北条泰時が作成した貞永式目(御成敗式目)が基本となっていますが、そのほとんどは今川仮名目録を基本にしているようです。
ドラマにもありましたが、特長的な、画期的なことは「国主(晴信)と言えども遵守すべし、そうでなければその責めを負う」ということです。
国主は特別な存在であり、ほとんどの分国法は下へ押し付けるものであったのにもかかわらず、「甲州法度次第」は法の下の平等(公平化)を定めたものであり、当時としては素晴らしい分国法だと言われていました。

ステラなどの冊子は読んでいませんが、今月は上田ヶ原の合戦まではやらなかったようですね。
来週は晴信の情け容赦ない、地獄の力攻めになりますが、このことが信濃全体に大きな衝撃が走ります。
この後にとんでもないツケが回ってくることを勘助は予想していたはずですが…。
このミスはデカイ代償を支払うことになろうとは…。
おそらく諫言はしていたでしょうが(予告編では)、来週は勘助の苦悩が放送されることでしょう…。
ああもうすぐ、千葉眞一の板垣信方役もこれで見納めになりますね。
どのような最期を遂げるのでしょうか???

大河ドラマ「風林火山」の前半の山場ですね。

前回の功名が辻とは違い、

今回は「前半の山場も最終回も合戦にて戦死」です。

戦国時代関連のドラマは数多くありますが、このような状況になるのはめったにないのでは?


2年後放映予定の「天地人」では前半の山場は「御館の乱」

最終回付近は大坂の陣と嫡子の病死のはずですが…。


乞うご期待!







本当はしたくない!


(本当に渋いし、いい配役、いい演技、格好いい…最高です)

(「男」があこがれる「男」というイメージですね)


うーん、残念無念…???
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テーマ:風林火山 - ジャンル:テレビ・ラジオ

この記事に対するコメント

今回もこちらで色んな知識を頂き頂き・・・♪
毎週風林火山を何倍も楽しく観ることができてます(^-^)/
戦国の世とはいえ・・・幼い子供が身内と引き離されるシーンは切ないです。
婚姻や出家先などお家の為に苦しい思いをされた人がたくさんおられたのでしょう。
ところで、
千葉さんの板垣、私もすごく好きなんです。
【2007/06/26 13:37】 URL | ほにょにょん #- [ 編集]


これはどうもお褒めのお言葉をいただきありがとうございます m(_ _)m
戦国の世とはいえ、何とも切ない気持ちにかられます。
これも時代の定めなので仕方が無いと言ってしまえばそれまででしょうが、
それにしてもあのような時代に生まれなくて、生きなくて良かったと思っています。
「人」以上に「家名」の方が重要視されていた時代でしたからね。
晴信の母である大井夫人もまたその犠牲者の一人です。
人質同然の身にて武田家へ嫁ぎ、様々な苦労をなされてきた方です。
おそらくこの時代の奥方のほとんどはこんな感じだったのでしょう。
何とも気の毒な時代だったと思っています。

以前大河ドラマ「武田信玄」にて板垣信方役であった菅原文太さんよりも、今の千葉真一さんの方が、もともとは時代劇のアクションスターということもあり、殺陣回りも完璧、風格も申し分ないと思います。存在感抜群にもかかわらず、なぜか目立たず。
不思議なくらいに魅力的な役者さんであり、役どころだと思います。
ひょっとしたら2年後に放映される「天地人」でも出演依頼があるのかも???
どうして今まで大河ドラマで使われなかったのかが不思議なくらいです (-_-;)ホント
【2007/06/28 22:20】 URL | weekdaybattle #X1x3G5gE [ 編集]


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