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チベット人を救え!

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自分の言いたいことを書きたい!辛口でも甘口でもいいから書きたい!共感できることはしたい!反骨精神を出す時には出したい!皆さんから意見が欲しい時には求めます。そうでない時には求めません。
「風林火山(27)」
「最大の敵」より

ついに村上攻めを決意した晴信。

というよりは狂乱、乱心、人間暴走列車になってしまった武田晴信と言うべきか…。
山本勘助、甘利虎泰、板垣信方は最大の敵を完全に見破っていた…。
山本勘助は【最大の敵は御館(晴信)の心中】と諌言し、村上攻めは取りやめるように、
諏訪の豪族(国人衆)の安定を第一に、それからでも遅くはないと察していたのであろう。
実際に諏訪郡代であった板垣信方も、村上義清の底力を知っていた、小笠原長時の不気味な存在も知っていた。
諏訪を完全に平定してから、最終決戦にて村上義清と戦うことを願っていたはず。
戦続き、それも力攻め、非道な仕打ちに国力は落ち、各武将の兵隊も疲弊し切っていたのも分かっていたはず。
それ故に譜代家臣は晴信の決意を押しとどめなければならなかったのでは?
甘利虎泰もこのままでは大暴走し大怪我をすることも分かっていた。
負けることを恐れていた晴信の心中は察するに余りある。
由布姫の言うことも、もっともであり、負けた武将方の人間なればこそ、その気持ちを察していたのであろう。

勝つことが当たり前になる=負けることが怖くなる

故に戦って勝つことで安堵感を得る…、負けて失うことを恐れている…、一種の麻薬と言うべきか。

危険な道、「戦」というとんでもない「麻薬」に侵されてしまった哀れな国主と言うべきか…。


板垣・甘利の譜代家臣はそんな若い晴信の決定に苦慮する姿が痛々しい限り。
甘利は不利な戦いを承知で晴信の意に従おうと努力し、あえて軍師である山本勘助に辛く当たったのではないか?
勘助から見る世界と譜代として代々武田家に仕えてきた人間の世界の違いをあのような形で話すのはちょっと違和感を感じる。
もちろん甘利の考えも正しい、甲斐の国人としての誇りが感じられるが、
山本勘助が多くの国を行脚し見てきた、学んできたこともこれまた正しいことである。
お互いの意地と信念とのぶつかり合いが、見ていても本当に痛々しい。

「一つの負け戦が百の勝ち戦を生むこともある」

さすがは山本勘助、歴戦の勇者、名軍師、兵法の達人である。

甘利は村上に急接近し、一発逆転を狙う危険な賭けをすることに…。
ここまでしてまで武田に尽くした重臣はいないであろう。
甘利虎泰、さすがは武田二十四将に数えられる名将である。
しかしこの策も山本勘助、真田幸隆、相木市兵衛はいずれは見破ることになるであろう。
この時点でも晴信はまだ見破られなかった…。

晴信にもそれなりの理由はあろう。決して慢心だけではないとは思うが…。
譜代家臣の意見もしっかりと聞かなければならない。
兵の疲弊、不満が高まっていることを真摯に受け止めなければならなかったであろう。
無謀な戦、兵が疲弊し士気が落ちていれば、どれだけ多くの兵を用いても勝てない。
力で相手を潰すことの代償は大きいのがこの時点でもまだ分かっていなかった愚かな国主であった。
最後に板垣信方が「もっと自分に自信を持て!」と涙を流して諫めた言葉を身に染みて感じたときにはもはやこれまで…。

板垣はこの出陣にて間違いなく「討ち死に」を覚悟していたであろう。
村上と戦うのは今は上策ではないことを知っていた、山本勘助も同じだった。
危険な道に向かう晴信を救うには、

【己の死を持って諫めるしかない】

と信じていたに違いない…。

武田晴信にとって最大の敗戦となり多くの将兵を失うことになる、屈辱的な敗北を味わうことになるが、
この敗北によって「負けることの恐ろしさ」という呪縛から解き放たれるであろう。
板垣信方、甘利虎泰の両雄を失うという大きな損失と引き換えに…。
この戦の後、大井夫人(晴信の母)から大説教が待ち受けていると思うが、今回はいかに…。

これにて武田晴信の第一世代は終焉を向かえることになるが、
武田信繁や飯富兵部を筆頭に山本勘助と馬場信春、真田幸隆等で武田家再生へと導き、
小笠原、高遠らの残党等を叩き潰して信州のほとんどを手中に収めることに…。
国力を蓄え、地力を見せ付けることになり、徐々に村上義清を逆に追い詰めることになる。
今度も村上義清には敗北(砥石城攻め:砥石崩れ)しながらも、
その劣勢から勘助と真田幸隆らの奇策にて一発逆転の大勝利へと導く布石を作ることに。
ここから晴信はさらに成長し、元の姿へと戻ることになるが…。

「人は石垣、人は城、情けは味方、仇は敵なり」

人の心を持って、人を引き付ける魅力・能力はやはり村上義清よりも一枚上手であった。
板垣信方や山本勘助、真田幸隆ら外様衆はこれを武田晴信が持ち合わせていた最大の武器と読んでいた。
武田晴信と村上義清との最大の違いは「親分肌」と「カリスマ性と慈悲を持つ心」である。
一見両方とも引き付けられるものはあるが、最後は武将としての、時代と国人衆を味方に付けた晴信の方に分があった。
さらには国力の差も歴然としていたし、山本勘助や真田幸隆、馬場信春のような優秀な武将も少なかった。
野球で言えば村上義清はエース投手、武田晴信は捕手。
自力で投げ続けた投手もすごいが、周りの状況を上手く把握して適材適所に見極めていた、
全体を見渡せる位置にいる捕手の方がやはり勝っていたことになる。


話は元に戻すが、

小笠原長時と高遠頼継は将としての器が小さいなぁ~、考えていることがせこいわ。
村上義清の方が人望が厚いし、やはり親分肌ですわ…。胆もどっしりと座っている。
今は晴信よりも村上義清の方が大きく、したたかで、強く感じるな。
やはり経験と年齢の差は大きいのかも…。
風林火山中盤の大きな山場であり、見せ場になることでしょう。
お互いに「男」というものを存分に感じさせることになるでしょう。

千葉真一の板垣信方は“はまり役”だった、もう最高でした。
来週は最後になるのかと思うと悲しい感じがしてならない。
「上田ヶ原の戦い」は最後の勇姿になるでしょう。
初めての大河ドラマ出演とは思えないくらいの、迫力ある、味のある役者でした。
殺陣回りも、台詞の使い方も、何もかも完璧だったのではないでしょうか?
『影の軍団・服部半蔵』のイメージが完全に取れましたね。
来週は是非ともビデオに録画しておきたい場面ですね。
「武田信玄」の時には録画できなかったのが今でも悔やまれてならない…、総集編欲しいけど高いし…。

次回「上田ヶ原の戦い」は「男」の勇姿が伝わるものになるでしょう。
前回の大河ドラマである功名が辻での伊勢亀山城攻めでの五島吉兵衛の最期とはまた違った壮絶なものになるでしょう。
まあ比べるだけ無駄なことであろうが…、スケールが違いすぎると言う声も…?
私は尾張出身ではあるが、やはり甲斐・信濃も勝るとも劣らない勇敢な武将が多い。
尾張は織田信長を筆頭に豊臣秀吉、前田利家、柴田勝家、蜂須賀小六、池田輝政、加藤清正、福島正則、浅野長政、山内一豊等の名将や知将を生んだところであるが、甲斐・信濃もやはりすごいと感じる。
さすがは後世にまで名が残る「武田二十四将」だけはある。


最後に愚痴を一言だけ…、


『小山田信有、お前はどうも好かん!最低な男に見えるわ!』
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テーマ:風林火山 - ジャンル:テレビ・ラジオ

この記事に対するコメント

もう・・・無理なのわかってるんですけど、歴史を変えてしまいたいです。
役者さんとわかってはいても、今回の【風林火山】板垣死ぬのやめませんか?
次回が重い感じですが、山本勘助の言った通り、
この戦が負け戦としても得るものは大きいんですよね。
戦でたくさん兵が死んでいるのも、ドラマの画面ではなかなか伺い知れませんが、
早く今のヤな感じ晴信が脱皮してくれるのを心待ちにしています。
【2007/07/13 12:39】 URL | ほにょにょん #- [ 編集]

コメントありがとうございます。
今回の重臣の死は晴信にとっては大きな痛手になりますが、
この時の山本勘助や真田幸隆の活躍にて武田軍の総崩れは免れ、大敗にまでは至らず見事に切り抜けた話しは有名です。この2人は今後の武田家を担う大きな役割となるのが分かると思います。
山本勘助と真田幸隆は板垣信方や甘利虎泰の後を受けて晴信の影の力となって繁栄されるのです。武田家にとっては大きな転換期になります。
小笠原長時がこの期を逃さず攻めてきますが、難なくあっさりと退けます。
このことは山本勘助や真田幸隆はお見通しであったと書かれています。
また笠原長時にとって取り返しの付かない事態に陥った(勢力衰退を証明したということ)ことはこれから先分かることになります。そして砥石城攻め(砥石崩れ)へと繋がっていきます。この話しはちょっと先になると思われます。
武田晴信(信玄)の強さは「人を引き付ける心」であり、戦上手の武将や山本勘助や真田幸隆という武将を上手く使いこなすことができたことにあります。譜代家臣はともかくとして、外様といわれている家臣団も能力があれば、武田家にとって有益であれば積極的に登用して知行安堵や重職を与える手法は織田信長や羽柴秀吉、徳川家康、毛利元就などという歴戦の名将と言われていた人たちと同じ事をしています。
武田の力は「人」であり、晴信のカリスマ性の高さとその結束力にあります。
だから戦に負けても、逆境を跳ね除ける、乗り切るだけの力となったのでしょう。
甲斐・信濃という独立志向が強い地域に当たって、これだけの個性の強い武将を束ねていくのは容易いことではないはず。それをやってのける晴信やその基礎を固めていった板垣信方や甘利虎泰の功績は高いことでしょう。

晴信はこの戦によって立ち直りますが、武田家にとっては良いことと悪いことが重なり合ってきます。村上義清には敗れましたが、自力に勝る武田は山本、真田によって立て直しに成功し、譜代家臣の結束もありしばらくの間は「地固め」になります。
その期が熟してから再度村上義清に挑みます。
ここでも多くの家臣を失うことになりまり大敗をしそうになりますが、
劇的な一発逆転が待ち受けて、村上義清の勢力は一気に衰退していきます。
これはまだドラマのお楽しみということで… (_ _(--;(_ _(--; ペコペコ

確かに予告編でも見ましたが、板垣信方の最期は壮絶なものだったようです。
個人的にもやめて欲しいなぁ~と思っています。
驕りと自信喪失を取り除くためにここまでできる武将はいないでしょう。
心底武田晴信という器の大きさに感銘していたのかもしれません。
「男」を挙げることの難しさを、同じ男として感じていますし、
それだけの主君、名君に仕えた板垣は幸せだったと思います。
このことが今後の武田晴信の生き方を変えることになります。
これから優秀な武将が続々と出てきますが、この基礎を築き上げた功績は大です。
【2007/07/13 18:41】 URL | weekdaybattle #X1x3G5gE [ 編集]


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